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第一回高津の寄席 追想 1

kouzu no
筆:粋都家 南雀さん

本年よりブログを始めます。
初めてのブログは、昨年初めて主催した日本語の落語会「高津の寄席」を回想します。

時:平成24年12月2日(日)2時開演 於:高津神社 末広の間

「狸賽」笑人
「無筆の手紙」無敵亭大我
「持参金」四笑亭〇丸
「初音の鼓」東家静香
    ~仲入~
「蛇含草」華乃めろでぃ
「天神山」千里家圓九     お囃子協力:落語天狗の会

英語落語で交流のある笑人さん以外は未知のメンバー。
めろでぃも落研の後輩でありながら、この寄席に関する以外の話をしたことはほとんど無い。
そういう会をやりたかったのですが、それだけに私にとって、新鮮で強烈な体験となりました。

会場の設営をしていると、いつの間にか圓九さんとやん愚さんが舞台横の控え室に来ていました。
圓九さんとは、池田の社会人落語選手権の帰り際に、
「落語会に出てもらえませんか。トリでお願いします。」「分かりました。」というだけの会話を交わして以来、会うのは二度目。演目の事とかでメールのやり取りはありましたが、圓九さんのメールはめちゃくちゃ短くて、その内容は必要最小限からさらに削ぎ落とした体脂肪率2%ぐらいのもので、メールから人柄をうかがうこともできません。とにかく、この業界では名前が知れわたっていて、24年度も全日本社会人落語選手権大阪本選とお江戸日本橋全日本社会人落語選手権大会(落語選手権の名前はみな長い)の社会人落語選手権を東西ダブル奪取した方。近寄りがたい、”高飛ぃ”でへんちきな人かも、、、と恐れていたのでが、そうでなかった事が分かった時、今回の寄席の第一関門を通過したような気がしました。それぐらいびびっていたのです。
打ち上げでは、若い頃?は相当なピノキオでした、とご自分でおっしゃっていましたが、、、。

やん愚さんとは、面識はあったものの話をするほどではありませんでした。が、噂どおりのキャラクターでした。
その後、桜夢さんと一福さんが合流し、お囃子の段取りが始まりました。英語落語の会「おふく寄席」の代表・木村さんがお手伝いに来てくださっていましたが、木村さんも三味線を習っていて、やん愚さんと一福さんの三味線をかぶりつきで聴いていました。

それから静香さんが登場しました。静香さんとは全くの初対面。「はじめまして、宮下です。」という以外話すことも見つからず、すぐに着替えの部屋に案内しました。
そしてほどなく大我くん。彼は、京都から途中で落語のお稽古に行っての来演です。体調が振るわず出番が終ったら帰りたい、との事。着替えの部屋では横になっていたし、相当しんどかったに違いないのに、それを押しての好演。頭が下がります。

最後に来たのがめろでぃです。場所が分からないと電話があり富亭の方へ行くと、彼女とその後方に我が落研の大先輩、小紫蝶さんの姿が。社会人になっても落語を続けている関学落研OBの数は片手でも余る、ほど。その中にあって、小紫蝶さんは卒業以来落語を続けられていて、一昨年は東京の深川江戸資料館のホールでも落語会を催されました。めろでぃと私それぞれに贈り物と、後日この落語会についての貴重なコメントも頂戴いたしました。

演者が揃いました。大我くんが控え室に顔を出すと、やん愚さんが「大我、体調悪いそうやなぁ。大丈夫か?」とあまりにも気安く声をかけました。大我くんと面識、というかそれ以上のものがあるのか、、、?と思っていたら、静香さんやめろでぃとも親しげに話をし出しました。、、、どうやらこの人たちは”仲良し”らしい、、、。私は、社会人落語の横のつながりが皆無で、演者をはじめ今回下座担当の天狗の会の人々ともほとんど初顔合わせ。この人たちがどこでどうつながっているのか分からない。和気あいあいとする皆さんを尻目に、私が主催する会というのに、控え室は完全アウェーの雰囲気となっていました。

お客さんが会場に入り出してバタバタしていると、圓九さんが「一番太鼓打ちましょか?」と聞いてくれました。
カラカラカラカラ、、、、心地よい乾いた音色が響きました。

つづく


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高津の寄席 追想 2

kouzu no
筆:粋都家 南雀さん

一番太鼓が鳴り出し、受付にいると何とスタアさんが徳島から駆けつけてくれました。スタアさんは、100Kmマラソンを完走するほどのランナーです。文字通り駆けてこられたのかと思いきや、公共の交通機関でお越しとの事。
我が関学甲山落語研究会は、昨年創立40周年を迎えました。関大落語大学さんの創立が1962年ですので、ちょうど10年後に甲山落研は小佐田定雄さんらによって産声をあげました。スタアさんはその5代目の人。スタアさんの屋号は「美月家」です。うちの落研には男子4つ「櫻鴬亭(おうおうてい)」「四笑亭(よんしょうてい)」「美月家(みつきや)」「和朗亭(わろうてい)」、女子2つ「華乃(はなの)」「五月家(さつきや)」の6つの屋号があります。芸名は、一年の新入生歓迎コンパで先輩から発表されますが、美月家には、元々屋号に合わせて「スタア」とか「ギンガ」とか「スバル」とか天体関係の美しい名前がつけられていたのですが、そのネタもすぐに尽きて、その後はカタカナであれば何でもありみたいな事になり、「チューリップ」とか「ホルモン」とか私の同期にいたっては「美月家パチキ」と名づけられました。パチキは、入学当時パチキ(剃り込み)を入れていたので、それはそれで名は体を表わしていましたが。まぁ、私も〇丸という”寄席文字泣かせ”なへんてこりんな名前ですので、他人の芸名を揶揄する立場にはありませんが、、、。

屋号というと、池田の落語みゅーじあむアマチュア落語家講座にも五月家の屋号があります。当初はその名前を目にすると「五月家〇〇、、、うちにこんな芸名の部員おったかなぁ?」と困惑していたものですが、池田派の五月家があれよあれよという間に勢力を増大していって、今では甲山派の五月家(55名)の全五月家人口に占める割合が50%を切るのではないかと危惧しております。

スタアさんからは、めろでぃと私それぞれに地元の名物、鳴門金時スイーツを頂戴いたしました。仲入の時に話をしにいくと、静香さんについて「あの人結婚してはるの?」「はい。お子さんもいらっしゃいます。」「へぇ~、独身かと思た。所帯やつれしてないなぁ。」と妙に感心してはりました。それにしても「所帯やつれ」という言葉。この昭和のガッチャンとボタンを押す炊飯器が目に浮かぶ、たいがいのお母さんたちが着ていた白い割烹着を思わせる、味わい深い表現に何年ぶりに接したでしょう。これには、横にいた小紫蝶さんも(苦)笑てはりました。

あっという間に開演の時間が迫り、二番太鼓。二番太鼓が始まると、圓九さんが「二番太鼓はどれぐらいやりましょ?」と聞くので「2時ちょうどに終るぐらいでお願いします。」と答えました。
そして、何気に下座の様子を見ていると、能管を吹きながら圓九さんが自分の携帯をチラッチラッと見ているのに気づきました。誰かから電話でもかかってくるのか、、、?と思いきや、、、いや、、、違う。携帯の時計を見ていたのです。二番太鼓は、3~5分ぐらいのもんですが、笛がリードして終る時間を調整します。私が「2時ちょうどに、、、」と言ったもんだから、圓九さんは2時きっかりに終るように逆算して「上げの手」に入るタイミングを見計らっていたのです。最後に打たれた柝頭の”チョン”は、2時の時報とぴったりシンクロしていたに違いありません。
天狗の会・囃子方、、、ここまで徹底しているとは、、、。この人たちは、こういう事をいつも当たり前のようにやっているのでしょうが、初めてそれを目の当たりにした私は、彼らの流儀をただただ傍観するばかりでした。

前説が終わり、トップの笑人さんが舞台へ。次に控えていた大我くんが「持ち時間は何分でしょうか?」と聞いてきました。「はぁ?」おまえさん、出番直前に持ち時間を聞いて、その時間に合わせて噺の長さを調節するというんですかい?私といえば、マクラも落語も覚えてきたものをそのままやるのが精一杯。大我くんは中学2年生。何というボーイ!何というR&B、、、Rakugo Boy!身長も私より高い167Cm。そう言えば、、、10月に大我くんに今回の演目を聞いたところ、まだ決まっていなくて、「師匠と相談した上で決めさせていただきたいと思います。何でしたら、私を前座にまわしてもらって”開口一番”という事でいかがでしょうか。」という返事がきました。落語会の番組についてこんなテクニカルな提案をするボーイが他におりましょうか?

つづく





高津の寄席 追想 3

kouzu no
筆:粋都家 南雀さん

落語ボーイが舞台に上がって、よく受けているのを複雑な気持ちで聞いていると、
静香さんが「こんな物をもらいました。」と紙袋を渡してくれました。
中には何やら巻かれたものが。
写真の「高津の寄席」の名ビラです。「えぇっ、、、誰が?」静香さんの落語フレンドに寄席文字を書く人がいてご持参いただいたとの事。「えぇっ、、、何で?」静香さんが演者とはいえ、
全く面識の無い見ず知らずの者が催す会の名前を手間のかかる寄席文字で書いてきて下さるとは、、、、。
こういう風に気遣ってくださる方がいらっしゃる。この名ビラは、高津の寄席が続く限り看板として使わせていただきます。

大我くんが終って、私の出番。しゃべり出して一分で口の中がカラッカラになり、最後はこんなにも舌がもつれるのかと思うほどカミカミで、ほろ苦い「高津の寄席」デビューとなりました。

静香さんは舞台に上がるなり、ご自身のファッションチェックをしてはりました。そう言えば、メールで「特別いい着物を持っていきます。」と言ってました。私は、そのメールに「私も特別いい長襦袢を着ます。」と返しましたが、私の「特別いい長襦袢」を静香さんに見せるのを忘れてしまいました。

静香さんの出番の間、控え室でボーとしていると、横で圓九さんが何やら字のぎっしり詰まったノートのような物に何やら書き込んでいるのです。「何じゃこりゃ?」よく見ると小さな寄席文字で演者・演目らしきものが書かれています。「これか、、、!」以前”ちゃん平”さんのブログで読んだことがある「圓九さんは寄席文字でネタ帳をつけている」と。墨字と朱字でびっしりと綴られたネタ帳。私が遭遇した知られざる流儀がここにもありました。

中入りが明けて、めろでぃが舞台に。私は、客席で見ていましたが、横にいた小紫蝶さんが「しゃべりはまぁまぁやが、仕草がなぁ。」と。めろでぃの落語への歯がゆさと期待を込めたつぶやきのように思います。

そして、トリの圓九さん。
「よく切れる刀で正面からズバズバと切り込んでくるような正攻法の落語」これも後日のコメントで小紫蝶さんが圓九さんの落語を評した表現です。

料理は、作るのは時間がかかるけど食べるのはあっという間。
落語会も同じようにあっという間に終わります。

まだ、”アウェー”な雰囲気を残したまま打上げへ。

打上げの音頭は、静香さんにとってもらいました。メールのやり取りの中で、「打ち上げはどうなってますか?」と聞いてきたのは静香さんだけでしたから。静香さんのこのメールを見て、あわてて酔虎伝を予約したものです。

私は、かねがね気になっていたあの一件についてその真相を圓九さんに直撃しました。
「圓九さんが、ナニでナニした時に、ナニにナニしたというのは本当ですか?」
「〇丸さん、そんな事よう知ってはりますねぇ。」
「そらもう、この業界では有名な話ですから。」
「ナニにナニしたて、それ違いますねん。私は、自分の勉強として、自分がなぜナニされたかをお聞きしたかっただけで、それでナニの方にナニしただけなんです。」
「そうですか。でも私らの耳に入ってるのは、圓九さんがナニにナニされた時、相当ナニされたんで、ナニにナニした、というのが通説となってますよ。」
「何でそんな話になってしまったのか。それで、困ってますねん。」
圓九さんが、ナニに対してナニしたというのは誤解のようでした。

第二回高津の寄席は、4月20日(土)です。
今回は、笑人さんのご尽力により私が思っていた理想の演者層、小学生~高校生1名・大学生1名・社会人(男女)4名、の方々にご出演いただく事ができました。次回もこういう布陣で臨むことができればと思います。

皆さんのご来場を心よりお待ちしております。

四笑亭〇丸




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〇丸

Author:〇丸
関西学院大学甲山落語研究会OB

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