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高津の寄席 追想 3

kouzu no
筆:粋都家 南雀さん

落語ボーイが舞台に上がって、よく受けているのを複雑な気持ちで聞いていると、
静香さんが「こんな物をもらいました。」と紙袋を渡してくれました。
中には何やら巻かれたものが。
写真の「高津の寄席」の名ビラです。「えぇっ、、、誰が?」静香さんの落語フレンドに寄席文字を書く人がいてご持参いただいたとの事。「えぇっ、、、何で?」静香さんが演者とはいえ、
全く面識の無い見ず知らずの者が催す会の名前を手間のかかる寄席文字で書いてきて下さるとは、、、、。
こういう風に気遣ってくださる方がいらっしゃる。この名ビラは、高津の寄席が続く限り看板として使わせていただきます。

大我くんが終って、私の出番。しゃべり出して一分で口の中がカラッカラになり、最後はこんなにも舌がもつれるのかと思うほどカミカミで、ほろ苦い「高津の寄席」デビューとなりました。

静香さんは舞台に上がるなり、ご自身のファッションチェックをしてはりました。そう言えば、メールで「特別いい着物を持っていきます。」と言ってました。私は、そのメールに「私も特別いい長襦袢を着ます。」と返しましたが、私の「特別いい長襦袢」を静香さんに見せるのを忘れてしまいました。

静香さんの出番の間、控え室でボーとしていると、横で圓九さんが何やら字のぎっしり詰まったノートのような物に何やら書き込んでいるのです。「何じゃこりゃ?」よく見ると小さな寄席文字で演者・演目らしきものが書かれています。「これか、、、!」以前”ちゃん平”さんのブログで読んだことがある「圓九さんは寄席文字でネタ帳をつけている」と。墨字と朱字でびっしりと綴られたネタ帳。私が遭遇した知られざる流儀がここにもありました。

中入りが明けて、めろでぃが舞台に。私は、客席で見ていましたが、横にいた小紫蝶さんが「しゃべりはまぁまぁやが、仕草がなぁ。」と。めろでぃの落語への歯がゆさと期待を込めたつぶやきのように思います。

そして、トリの圓九さん。
「よく切れる刀で正面からズバズバと切り込んでくるような正攻法の落語」これも後日のコメントで小紫蝶さんが圓九さんの落語を評した表現です。

料理は、作るのは時間がかかるけど食べるのはあっという間。
落語会も同じようにあっという間に終わります。

まだ、”アウェー”な雰囲気を残したまま打上げへ。

打上げの音頭は、静香さんにとってもらいました。メールのやり取りの中で、「打ち上げはどうなってますか?」と聞いてきたのは静香さんだけでしたから。静香さんのこのメールを見て、あわてて酔虎伝を予約したものです。

私は、かねがね気になっていたあの一件についてその真相を圓九さんに直撃しました。
「圓九さんが、ナニでナニした時に、ナニにナニしたというのは本当ですか?」
「〇丸さん、そんな事よう知ってはりますねぇ。」
「そらもう、この業界では有名な話ですから。」
「ナニにナニしたて、それ違いますねん。私は、自分の勉強として、自分がなぜナニされたかをお聞きしたかっただけで、それでナニの方にナニしただけなんです。」
「そうですか。でも私らの耳に入ってるのは、圓九さんがナニにナニされた時、相当ナニされたんで、ナニにナニした、というのが通説となってますよ。」
「何でそんな話になってしまったのか。それで、困ってますねん。」
圓九さんが、ナニに対してナニしたというのは誤解のようでした。

第二回高津の寄席は、4月20日(土)です。
今回は、笑人さんのご尽力により私が思っていた理想の演者層、小学生~高校生1名・大学生1名・社会人(男女)4名、の方々にご出演いただく事ができました。次回もこういう布陣で臨むことができればと思います。

皆さんのご来場を心よりお待ちしております。

四笑亭〇丸




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初代櫻鴬亭小紫蝶

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甲山落語研究会OB訪問 第一回 初代櫻鴬亭小紫蝶

なぜ夙川学院短期大学かというと、初代櫻鴬亭小紫蝶さんのお住まいが夙川学院短期大学の
すぐそばだからです。
閑静な住宅街。甲山も一望できます。

初代梅蝶さん、遊鶴さん、小紫蝶さんは中学から関学の同級生で、
小紫蝶さんは高校時代に遊鶴さんに初代桂春団治のレコードなどを借りて聞いていたそうです。
大学時代を通して、麻雀、パチンコ、競馬をたしなんでおられたそうですが、
3回生の時に遊鶴さんと共に〆八さん、梅蝶さんたちに合流して甲山落語研究会に。

好きな落語家は誰ですか?
「枝雀になる前の小米」と「桂吉朝」。
「枝雀になる前の小米」というのは小紫蝶さん世代の方からよく聞くフレーズです。
私が物心ついた時には、すでに圧倒的に「枝雀は枝雀」でしたので、「枝雀になる前の小米」を
知らずに育った世代です。
一方、吉朝さんは私が現役時代、落研界のスーパースターでした。

「「小紫蝶(こしちょう)」という芸名は、そうそう思いつかないカッコイイ名前ですが
誰がつけたんですか?」
「多分、〆八さんがつけたと思う。」となぜか同級の〆八さんを終始「さん」付けで呼んではりました。

落研時代を通して唯一舞台を踏んだのは学園祭で、やはり初代春団治で覚えた「無いもん買い」
をされたとの事。
当時はビデオもなく落語の仕草もよく分からずにやっていたそうですが、
その舞台はとにかくよく受けた事はよく覚えているそうです。
私も、初舞台の「つる」を老人ホームでやった時に全然受けなかった事はよく覚えています。
同じ舞台でされた”みの虫さん”の「悋気の独楽」が受けていたのもよく覚えていますが。

小紫蝶さんは、卒業以来落研には顔を出してないそうですが、
今でも寝る時には、米朝や枝雀のCDを聞いているそうです。
「米朝とか枝雀聞いてたらな、すぐに寝れんねん。」
なるほど、ミヤコ蝶々さんがこんな事を言うてはったとか。
「うまい落語はよう寝れる。へたな落語は寝かしよらん。」

大学入学の年、1970年は関学も校舎は学生に占拠され、入試も高校の校舎でされたとか。
就職の年、1974年はオイルショックの翌年で、高度経済成長の尻尾の先端ギリギリのところで
就職できた、と回想されます。

小紫蝶さんは、百貨店に就職され、一昨年の定年後は完全リタイアされてます。
で、今は一体何をされているのかというと、趣味の投網漁にいそしんではるのです。
「投網漁、、、?釣りが趣味の人は何ぼでもおりますけど、投網漁て、、、何ですか?」
胸まである長靴をはいて川に入っていって、川底に落ちてる鉄骨の折れたやっちゃら釘の曲がったやつやらを金網でさらう、のではなく、網を投げて魚を捕るのです。
会社の先輩に教えてもらって30歳ぐらいから初めて、以前は琵琶湖などで網を投げ、
捕った魚をその場で焼いたりして食べていたそうです。
「そんなん、勝手に捕っていいんですか?」
漁業権が決められている区域では禁止されてますが、そうでないところではOKです。
今は武庫川の中流域が小紫蝶さんの主たる漁場ですが、5月~11月頃が漁繁期で、
今は冷たくて水には入れません。
「捕った魚はやはり食べるんですか?」
小紫蝶さんは、もともと生物を観察するのがお好きで、漁をするうちに魚たちが愛おしくなり
今では食べる事はなく、「飼っている」のだそうです。

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ご自宅の広い庭には大きな池があり、その横には現在ご自身で建設中の池もあります。

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捕った魚を自宅の池に放ち、その魚を狙ってカワセミが飛来する事もあるとか。
その姿をリビングの窓から眺めるのが至福の時、とおっしゃいます。

以下は小紫蝶さんからいただいたメールです。 

今日はお疲れさまでした。
いい忘れたのですが、あの場所を「イーハトーブ甑岩」と名付けています。
宮沢賢治風に淡水魚、野鳥、とんぼの楽園を造りたいと思っています。
少し大袈裟ですが、私のこれからの目標です。
甑岩:「こしきいわ」と読みます。
初夏にお会いできれば幸いです。

リタイアされてもファンタジックな夢をもっておられる小紫蝶さんの川漁師姿と
建設中の池の進捗状況をを拝見しに初夏にまたお伺いできればと思います。

「OB訪問させて下さい。」と突然電話したにもかかわらず、こころよくお引き受けいただいた
小紫蝶さん、有難うございました。 



桂文太落語教室発表会~とんど祭

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これからはアマチュア落語会にも足を運ぼうと思います。
本日は、高津神社・高津の富亭 桂文太落語発表会「今日だけは噺家気分 寝床の会」
桂文太師は、(前)三枝、きん枝、文珍、に次ぐ五代桂文枝師の4番目のお弟子さんです。

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富亭の戸口右側に座ってはるのは、文太師と共に地域寄席の草分け「田辺寄席」を
1974年から運営されてる大久保さんです。

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生徒さん10席と文太師のお楽しみ。

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会場には「田辺寄席」の暖簾が。

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満員御礼。お客さんは膝をつき合わせ80~90名は入っていたと思います。
「野崎まいり」をやった人は、出囃子も「野崎」。プロの三味線、文太師らのハメモノで「野崎まいり」ができるんですから、一生の思い出になる事と思います。
最後に登場した文太師のネタは「幾代餅」。久しぶりに文太師の名調子をお聞きしました。

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この日は、高津宮とんど祭。

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しめ縄や門松の正月飾りや古い御札を焚き上げる魔除の神事で、

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境内は屋台やらアトラクションで賑わいます。
大道芸は何回か見たことはありますが、綱渡りは初めて。

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雨の中での熱演。

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この芸は仕掛けが大がかりで大変だ。

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「とんど祭と日本一の屋台達」と銘打たれているだけあって、おフランス料理もあり、

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絵馬堂も茶店ならぬ居酒屋と化し、

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無料で振舞われた点心も美味しかったが、

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私の一番のお目当ては「高津の富」だ。

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ステッカーの下の番号を木片に貼り付け、上が自分の持ち札になります。

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木札に念をこめて箱に投じます。

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宮司さんの御払いがあり、

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高津小学校のボンが長ぁ~いキリのようなもんで木札を突くのでございます。
横にいるのは司会の林家染左さん。

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私のように一枚で一攫千金を狙う者もあれば、
この人のように何枚も買って確立を上げる人も。

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本殿の前には自分の番号が呼ばれることを信じて疑わない人々々。
当たると中央の参道を颯爽と駆け抜けることができる。
今年は雨のため参拝者が少なく富くじの売れ行きは例年の半分とのアナウンスが。
当たる確立は2倍!と期待が高まる。

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が、「当たらんもんじゃなぁ。」富くじが終ると人々々は潮が引くごとく。
「帰って一人でウドン食て寝よ。」

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綱渡りのお姉さん。場所を下の公園に変えての奮闘。
雨が上がってよかったね。また来年会いましょう。

高津の寄席 追想 2

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筆:粋都家 南雀さん

一番太鼓が鳴り出し、受付にいると何とスタアさんが徳島から駆けつけてくれました。スタアさんは、100Kmマラソンを完走するほどのランナーです。文字通り駆けてこられたのかと思いきや、公共の交通機関でお越しとの事。
我が関学甲山落語研究会は、昨年創立40周年を迎えました。関大落語大学さんの創立が1962年ですので、ちょうど10年後に甲山落研は小佐田定雄さんらによって産声をあげました。スタアさんはその5代目の人。スタアさんの屋号は「美月家」です。うちの落研には男子4つ「櫻鴬亭(おうおうてい)」「四笑亭(よんしょうてい)」「美月家(みつきや)」「和朗亭(わろうてい)」、女子2つ「華乃(はなの)」「五月家(さつきや)」の6つの屋号があります。芸名は、一年の新入生歓迎コンパで先輩から発表されますが、美月家には、元々屋号に合わせて「スタア」とか「ギンガ」とか「スバル」とか天体関係の美しい名前がつけられていたのですが、そのネタもすぐに尽きて、その後はカタカナであれば何でもありみたいな事になり、「チューリップ」とか「ホルモン」とか私の同期にいたっては「美月家パチキ」と名づけられました。パチキは、入学当時パチキ(剃り込み)を入れていたので、それはそれで名は体を表わしていましたが。まぁ、私も〇丸という”寄席文字泣かせ”なへんてこりんな名前ですので、他人の芸名を揶揄する立場にはありませんが、、、。

屋号というと、池田の落語みゅーじあむアマチュア落語家講座にも五月家の屋号があります。当初はその名前を目にすると「五月家〇〇、、、うちにこんな芸名の部員おったかなぁ?」と困惑していたものですが、池田派の五月家があれよあれよという間に勢力を増大していって、今では甲山派の五月家(55名)の全五月家人口に占める割合が50%を切るのではないかと危惧しております。

スタアさんからは、めろでぃと私それぞれに地元の名物、鳴門金時スイーツを頂戴いたしました。仲入の時に話をしにいくと、静香さんについて「あの人結婚してはるの?」「はい。お子さんもいらっしゃいます。」「へぇ~、独身かと思た。所帯やつれしてないなぁ。」と妙に感心してはりました。それにしても「所帯やつれ」という言葉。この昭和のガッチャンとボタンを押す炊飯器が目に浮かぶ、たいがいのお母さんたちが着ていた白い割烹着を思わせる、味わい深い表現に何年ぶりに接したでしょう。これには、横にいた小紫蝶さんも(苦)笑てはりました。

あっという間に開演の時間が迫り、二番太鼓。二番太鼓が始まると、圓九さんが「二番太鼓はどれぐらいやりましょ?」と聞くので「2時ちょうどに終るぐらいでお願いします。」と答えました。
そして、何気に下座の様子を見ていると、能管を吹きながら圓九さんが自分の携帯をチラッチラッと見ているのに気づきました。誰かから電話でもかかってくるのか、、、?と思いきや、、、いや、、、違う。携帯の時計を見ていたのです。二番太鼓は、3~5分ぐらいのもんですが、笛がリードして終る時間を調整します。私が「2時ちょうどに、、、」と言ったもんだから、圓九さんは2時きっかりに終るように逆算して「上げの手」に入るタイミングを見計らっていたのです。最後に打たれた柝頭の”チョン”は、2時の時報とぴったりシンクロしていたに違いありません。
天狗の会・囃子方、、、ここまで徹底しているとは、、、。この人たちは、こういう事をいつも当たり前のようにやっているのでしょうが、初めてそれを目の当たりにした私は、彼らの流儀をただただ傍観するばかりでした。

前説が終わり、トップの笑人さんが舞台へ。次に控えていた大我くんが「持ち時間は何分でしょうか?」と聞いてきました。「はぁ?」おまえさん、出番直前に持ち時間を聞いて、その時間に合わせて噺の長さを調節するというんですかい?私といえば、マクラも落語も覚えてきたものをそのままやるのが精一杯。大我くんは中学2年生。何というボーイ!何というR&B、、、Rakugo Boy!身長も私より高い167Cm。そう言えば、、、10月に大我くんに今回の演目を聞いたところ、まだ決まっていなくて、「師匠と相談した上で決めさせていただきたいと思います。何でしたら、私を前座にまわしてもらって”開口一番”という事でいかがでしょうか。」という返事がきました。落語会の番組についてこんなテクニカルな提案をするボーイが他におりましょうか?

つづく





3月16日 英語落語出前寄席

寝屋川国際交流協会所属「寝屋川国際婦人クラブ」さんにご依頼いただき、
3月16日の午前に寝屋川市立エスポアールにて90分の英語落語会をさせていただきます。
演者(予定):ぷりん亭めりん
       四笑亭〇丸

寝屋川国際婦人クラブについて(世話人の方より)
クラブは、寝屋川市がカナダのオークビル市と姉妹都市提携を結んだ際に、姉妹都市の女性団体と交流できる女性団体を作ってほしいとの要請があり、1985年に立ち上げた民間団体です。
寝屋川市の姉妹都市交流やインドに井戸や図書を贈り、災害被災者支援活動など支援を必要としている外国の人たちをサポートする活動も行っています。

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本日、大阪歴史博物館であった「新春 迷人達の集い」というイベントに出場しためりんさん。
中学一年というのに私の身長に追いつき追い抜ぬきそうです。
私の靴、シークレットシューズですし、、、。

merin 0106 2
英語落語「ピザこわい(饅頭こわいのピザ版)」を演じるはずが、
会場に来てみるとパンフの演目が「zoo(動物園)」になっていたので急遽「zoo」をやったそうです。
私には、できない芸当でございます。

第一回 坐摩神社 初代桂文治

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「上方落語を訪ねて」の第一回は、初詣もかねて坐摩神社(大阪市中央区久太郎町、地下鉄本町駅スグ)です。
「坐摩」を何と読むか分かる人は、神社関係者か落語オタクかご近隣の人でない限りそうそういないと思います。「いかすり」です。
初代桂文治が、この神社で初めて常打寄席を始めたことから初代桂文治は「寄席の祖」と言われています。
初代桂文治がどういう人物かと簡単に(しごく簡単に)いうと、昨年襲名された六代桂文枝師(前三枝)をたどりたどっていくと行きつく江戸時代の人です。
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石の鳥居は、中央と左右にもある珍しい三鳥居です。
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坐摩神社の御神紋は「鷺丸」で、この御神紋がいたるところに掲げられています。
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御神紋があっちにもこっちにも奥のほうにも。
写りこんでいるこの二人は何を祈願してるんでしょう?まぁ、あれとあれと、、、あれですかね。
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おみくじを引いた後、お神酒をいただきました。巫女さんに「写真を撮ってもいいですか?」と聞いたところ笑顔で応じて下さいました。が、その笑顔に近寄りすぎると”変なおっさん”と思われてしまいますので、これがベストディスタンス。
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色んな検定があるもんですなぁ、、、「神社検定」。
パンフレットに出ていた例題です。

「参道を進み神前に向うときの礼儀について答えてください。」
1.なるべく参道の真ん中を歩く
2.なるべく参道の真ん中を避けて歩く
3.参道をジグザグに歩く
4.できるだけうつむいて歩く
5.自分が通ってきた産道のことを思い出しながら歩く(この選択肢は私のオリジナル)

正解は、次回の「上方落語を訪ねて」で。

※四笑亭〇丸は、「上方落語検定」3級の認定を受けています。ということは、あんまり落語の知識はありません。

1月25日(金)自由寄席

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社会人落語自由落語研究会主宰の天満家哲ちりさんのご好意で自由寄席に出させていただきます。
ご来場をお待ちしております。

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ご来場有難うございました。

第一回高津の寄席 追想 1

kouzu no
筆:粋都家 南雀さん

本年よりブログを始めます。
初めてのブログは、昨年初めて主催した日本語の落語会「高津の寄席」を回想します。

時:平成24年12月2日(日)2時開演 於:高津神社 末広の間

「狸賽」笑人
「無筆の手紙」無敵亭大我
「持参金」四笑亭〇丸
「初音の鼓」東家静香
    ~仲入~
「蛇含草」華乃めろでぃ
「天神山」千里家圓九     お囃子協力:落語天狗の会

英語落語で交流のある笑人さん以外は未知のメンバー。
めろでぃも落研の後輩でありながら、この寄席に関する以外の話をしたことはほとんど無い。
そういう会をやりたかったのですが、それだけに私にとって、新鮮で強烈な体験となりました。

会場の設営をしていると、いつの間にか圓九さんとやん愚さんが舞台横の控え室に来ていました。
圓九さんとは、池田の社会人落語選手権の帰り際に、
「落語会に出てもらえませんか。トリでお願いします。」「分かりました。」というだけの会話を交わして以来、会うのは二度目。演目の事とかでメールのやり取りはありましたが、圓九さんのメールはめちゃくちゃ短くて、その内容は必要最小限からさらに削ぎ落とした体脂肪率2%ぐらいのもので、メールから人柄をうかがうこともできません。とにかく、この業界では名前が知れわたっていて、24年度も全日本社会人落語選手権大阪本選とお江戸日本橋全日本社会人落語選手権大会(落語選手権の名前はみな長い)の社会人落語選手権を東西ダブル奪取した方。近寄りがたい、”高飛ぃ”でへんちきな人かも、、、と恐れていたのでが、そうでなかった事が分かった時、今回の寄席の第一関門を通過したような気がしました。それぐらいびびっていたのです。
打ち上げでは、若い頃?は相当なピノキオでした、とご自分でおっしゃっていましたが、、、。

やん愚さんとは、面識はあったものの話をするほどではありませんでした。が、噂どおりのキャラクターでした。
その後、桜夢さんと一福さんが合流し、お囃子の段取りが始まりました。英語落語の会「おふく寄席」の代表・木村さんがお手伝いに来てくださっていましたが、木村さんも三味線を習っていて、やん愚さんと一福さんの三味線をかぶりつきで聴いていました。

それから静香さんが登場しました。静香さんとは全くの初対面。「はじめまして、宮下です。」という以外話すことも見つからず、すぐに着替えの部屋に案内しました。
そしてほどなく大我くん。彼は、京都から途中で落語のお稽古に行っての来演です。体調が振るわず出番が終ったら帰りたい、との事。着替えの部屋では横になっていたし、相当しんどかったに違いないのに、それを押しての好演。頭が下がります。

最後に来たのがめろでぃです。場所が分からないと電話があり富亭の方へ行くと、彼女とその後方に我が落研の大先輩、小紫蝶さんの姿が。社会人になっても落語を続けている関学落研OBの数は片手でも余る、ほど。その中にあって、小紫蝶さんは卒業以来落語を続けられていて、一昨年は東京の深川江戸資料館のホールでも落語会を催されました。めろでぃと私それぞれに贈り物と、後日この落語会についての貴重なコメントも頂戴いたしました。

演者が揃いました。大我くんが控え室に顔を出すと、やん愚さんが「大我、体調悪いそうやなぁ。大丈夫か?」とあまりにも気安く声をかけました。大我くんと面識、というかそれ以上のものがあるのか、、、?と思っていたら、静香さんやめろでぃとも親しげに話をし出しました。、、、どうやらこの人たちは”仲良し”らしい、、、。私は、社会人落語の横のつながりが皆無で、演者をはじめ今回下座担当の天狗の会の人々ともほとんど初顔合わせ。この人たちがどこでどうつながっているのか分からない。和気あいあいとする皆さんを尻目に、私が主催する会というのに、控え室は完全アウェーの雰囲気となっていました。

お客さんが会場に入り出してバタバタしていると、圓九さんが「一番太鼓打ちましょか?」と聞いてくれました。
カラカラカラカラ、、、、心地よい乾いた音色が響きました。

つづく


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