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OB訪問 7代 五月家 すずか の巻

私が懇意にしている社会人落語の会「天狗の会」の遠征落語会が三重県伊賀市柘植(つげ)であるので聴きにいこうと柘植を地図で捜していると、柘植からちょっと足を伸ばせば津に行けることが分かり、この機会に津にお住まいのすずかさんにお会いできればと連絡をしたところ
「ええよぉ~。」とのご返事をいただきました。

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「三重大学教育学部付属中学校」 すずかさんは、このいかにも"かしこ”が行きそうな中学校から
津高校に進まれた、生粋の津人なんでございます。

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すずかさんの愛車は、白のスカイライン・クーペなんでございます。
私しゃ、クーペてなもん、ユーミンの歌にしか出てけえへんもんやと思てました。

♪緑のクーペが止まる。昔より遊んでるみたい。
磨いた窓を降ろして、口笛吹く。傷跡も知らないで。
冷たくされて、いつかは見返すつもりだった。
それから、どこへ行くにも着飾ってたのに。
どうしてなの。今日に限って、安いサンダルを履いてた。
今日分かった、むなしいこと。結ばれぬ悲しいdestiny♪

ジューシーフルーツの歌にもありました。
「恋はベンチシート」、「恋のボンチシート」と違いまっせ。まぁ、どちらも作詞は近田春夫ですけど。
♪狭すぎるあなた自慢のクーペ
飛ばしてる時は、まんざらでもないけど♪

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7代の関学落語会での集合写真。
すずかさんは、「つる」と「初天神」と「崇徳院」をやったあとは、三味線と寄席文字担当になったそうです。
写真の寄席文字は、吊り看板もすべてすずかさんが書いたとの事。

この写真で、私が分かるのは、左から2人目が小紫蝶さん、そのたたずまいは今も変わりません。
その3人横が、蝶べえさん。酔うと細い目がすわって、めっちゃ怖い人でした。大阪の名店、
「中華飯店まるい」で、よう頭はたかれましたわ。
あとは、誰が誰だか全く分かりません。
が、前列右端に座っているのが笑喜さんである事を明かされた時には少なからず驚きました。
「私の知っている笑喜さんじゃない、、、!」

ジャズと聞いて私の頭を真っ先によぎるのは、マイルス・デイヴィスでもなく、
ハービー・ハンコックでもなく、ましてや、デーブかまやつでもなく、四笑亭笑喜、その人です。

私は、かねてから、なぜ笑喜さんがジャズダンスなるものを始めたのか不思議に思っておりました。

「笑喜がジャズダンスを始めたのは、私がきっかけなのよ。」
「はぁ?」
「私が元々ジャズダンスやってて、その発表会がフェスティバルホールであったのよ。
笑喜もそれを見に来てて、それで始めたのよ。」
笑喜さんをジャズに目覚めさせたのが、すずかさんだったとは、罪な人だ。

私は、笑喜さんのジャズダンスの舞台を見ています。
所属しているダンススクールの発表会か何かで、黒いタイツをもっこりとさせて踊っている
笑喜さんの姿が今もまぶたに焼き付いています。
その時私は、花束まで買っていって、フィナーレで舞台の笑喜さんに手渡したものです。
「〇丸、来てくれたんか。ありがとう。」という笑喜さんの目には、汗とは違うものが光っていたように思います。
その後、てっきりジャズダンサーの道を歩んではるのかと思っていたら、
「笑喜は、ダンスはすぐにやめて、ジャズボーカルをやったのよ。ええ声してたでしょ。」
ダンサーからボーカリストに転身されていたとは、、、、。
ひょっとすると、さらに転身して木川かえる師匠に弟子入りして、今は「ジャズ漫画家」になっているのかも知れません。

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夏合宿。すずかさんと小笑さん。
テニスルックでございます。完璧なテニスルックでございます。
ソックスに二本線が入っております。
「ビョルン・ボルグ」や「ジミー・コナーズ」の話で盛り上がったのでしょうか。

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学祭でございます。
すずかさん、蝶松さん、もろ太さん、南蝶さん、は分かるのですが、もうお一人の女子部員は
どなたでしょうか?

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写真をデジカメで接写してますので、ぼやけていてますが、それでも分かります。
右から、スバルさん、すずかさん、南蝶さん。
中央が、ナイトさんとお聞きしましたが、ぼやけていても分かります、男前だということは。
「イケメン」ではない「昭和の男前」。これぞ、美月家!

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ナイトさんの男前をさらに裏付ける写真がありました。若旦那。背も高い。
すずかさんに「ナイトさんは、さぞかしもてはったでしょうねぇ。」とお聞きしましたが、、、。

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私がじかに知っている男前、というよりも、こちらはイケメン。10代セブンさん。
それにしても、この「菊正宗」みたいな着物はどこで見つけたんでしょうか?
セブンさんが写っているという事は、すずかさんは4年のはず。
四回生もこういう風に学祭に参加する、いい時代でしたねぇ。
「コンピューター占い」というのが時代を感じさせます。

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キャー! これはもう「これが青春だ!」そのものでございます。
私がお見受けするに、中央にいてはるのが、鴬丸さんであろう事は分かるのですが、
その左上のヒッピーのような「あっと驚く為五郎」のような方は、どなたでしょうか?

夏合宿の合宿先が、「スマイル太田屋」になったのは、7代からとのこと。
「スマイル太田屋」には、世代を超えて共有できる伝説がありました。
豆ご飯と言われて出された「豆ご飯」の豆がレーズンだった、
味噌汁の具は、いつもきゅうりだけだった、等々。
が、今は部員の数が増えて、スマイル太田屋では収容しきれず、合宿地は新潟の方に変わったとか。

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すずかさんは、「関西学院同窓会 三重支部 津担当幹事」という要職についておられるのでございます。
すずかさんが、この職につかれたいきさつにも甲山落研が深く関わっているのです。
毎年催される三重支部同窓会の例会にはゲストスピーカーを呼んではるそうですが、
このような催しのスピーカーの話というのは、とかく「難しい・退屈」になりがちなもの。
数年前、すずかさんが「誰かええ人おりまへんか?」と聞かれて、四笑亭笑平さんを招聘したそうです。
分かりますか?「笑平さんを招聘」「しょうへいさんをしょうへい」ばんざぁーい。
笑平さんの公演は、三味線の曲引きと軽妙なトークで好評を博したそうで、
その功績が認められ、すずかさんはヒラの同窓会員から幹事に昇格したのです。
すずかさんの好むと好まざるに関わらず、、、。

三重支部の活動は、
毎年11月に開催される熱田神宮から伊勢神宮をコースとする全日本大学駅伝の際には、
津で関学ランナーを路上で応援し、その後すぐに車を飛ばしてゴールの伊勢神宮でアンカーを迎えたり、甲子園ボールではバスを貸し切って応援に乗り込んだり、と関学愛に溢れております。

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「津には何もないよ。すずか以外は、、、。」
私が、最初にメールをした時のすずかさんからの返信です。

そうか、、、津にはすずかさん以外に名物は無いのか、、、。ならば、
「この辺で落語をできそうな神社かお寺はありませんか?」
とお聞きしたところ、プロの落語家も呼んだことのあるお寺があるとの事。
「津寄席」の開催が決まりました。

それでは、すずかさん「津寄席」で、いやその前に
4月20日(土)午後2時開演 高津神社での「第二回高津の寄席」でお会いしましょう。

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2月16日(土) かがやき寄席 天狗の会

三重県伊賀市柘植(つげ)での「天狗の会」さんによる遠征落語会を拝見に行きました。

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最寄の駅は、一両だけの列車で行く「新堂」という無人駅。

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思えば遠くへ来たもんです。
時折、吹雪く中、あっちでたんねぇ、こっちでたんねぇ、してやっと会場へ。
途中、お百姓と間違えて案山子に話しかけてしまいましたわ。

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「下柘植かがやきの郷」での「かがやき寄席」

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天狗の会御一行と合流して、ほどなくすると一福さんが三味線を弾き始め、圓九さんも追随。
「菖蒲浴衣」とか「狸」の本手・替手の合弾きは、はんまかっこよろしいなぁ。

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「網船ハメモノきっかけ」なる文書が。
「網船」て、ついこないだ松喬さんがやりはったのをラジオで初めて聞きましたが、
このネタを一体誰が、、、?、、、やっぱり、都若さんでした。

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一番太鼓、圓九さん。

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客席は、こんな感じ。会場の扉が開くとお客さんは一斉にそちらに目をやります。
町内のみんなが集まる楽しいひととき。

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そして、二番太鼓。

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「鉄砲勇助」 隣乃玄張 

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「時うどん」 千里家圓九

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出番が終った玄ちゃんは、圓九さんの「時うどん」を尻目に完全にリラックスモード。
産後のトドのようになっております。

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「網船」 大亭都若

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中入りが明けて。


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「看板の一」 立の家談平

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一福さんは、暁照夫師匠よろしく自らの出囃子を弾きもっての登場。

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鳴り物と共にお囃子紹介の後、トリの「ねずみ」

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お客さんを見送る。

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帰り際、名ビラに興味を示すお客さんも。

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私が、「高津の寄席」の時にちらっと目にした圓九さんのネタ帳。
この写真を見て気づいたのですが、「落語ワークショップ」とかもやってはるんですねぇ。

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今日もまた、落語が刻まれます。

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仕事を終えて、後は打上げを待つばかりの面々。

突然お邪魔しましたのに、快く迎えて下さった天狗の会御一行さま、有難うございました。
お年寄りの元気な笑い声を聞いて、私も幸せな気持ちにさせていただきました。

2月10日(日) 第18回 ちりとてちんの会

元祖 落語工房 「ちりとてちんの会」さんは、5年前に発足したそうです。
今回は、昨年の第五回女性落語大会で受賞された方々による特別編との事。

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私も、昨年の全国女性落語大会に行ってましたので、演者さんのお顔は、覚えている方も、
そうでない方も、忘れようにも忘れられない方も、、、。

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寄席文字もお囃子も生。
頭が見えているのは、当日の笛担当方。「どや顔」が話題になってました。

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演者・スタッフでの記念撮影。会を終えた後の笑顔が光ります。

その後、「ちりとてちん」にての打上げにも参加させていただき、
ごっつぉぅをたんとよばれました。

皆さん有難うございました。

2月3日(日) なにわ歴博寄席 伊勢参り~東の旅~

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西の旅は、喜六と清八が讃岐の金比羅さんにお参りします。
代表的な噺が「兵庫船」。
「明石名所」は私の先輩、和朗亭もろ太さんがやっていたという噂のあるネタですが、
和朗亭もろ太さんの落語は落研時代を通して「寝床」しか聞いたことがありません。
関学落語会で「和朗亭」を紹介する時、「和田アキ子も歌ってます、♪和朗亭許して~♪」と
歌うてはったのは、落研時代を通してもろ太さんの一番おもしろいギャグと記憶しております。

今回は、東の旅から、
私の生地“玉造”から暗峠に至る「発端」
大和(奈良県)の山中で狐にだまされる「七度狐」
中入り後は、復路に進み、近江の矢橋(滋賀県草津)から大津の間の琵琶湖を結ぶ「矢橋船」
そして、京都伏見から大阪の八軒家を運行する三十石船を描いた「三十石」

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以前通りかかったときに撮った現在の八軒家跡の風景。大川沿いには八軒家の碑も。

圧巻は、笑福亭福笑さんの弟子、たまさんの「矢橋船」でした。

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私の持っているレコード 上方落語大全集「東の旅」。
「矢橋船」は桂小米。枝雀さんです。
「三十石」は笑福亭松鶴。たまりまへんなぁ。

と思っていたら、ありゃ? レコードでは「矢走船」となってます。
どなたか、「矢橋船」と「矢走船」の表記の違いについてご存知の方、コメントお願いします。

〇丸






4月29日(月・祝) 町家寄席 大阪くらしの今昔館

社会人落語の会「らくてん会」のご好意で「町家寄席」に出させていただきます。

天神橋六丁目 大阪くらしの今昔館・住まいのミュージアム 

天満家哲ちり「禁酒関所」
らくてん亭水車「骨つり」
隣乃玄張「未定」
四笑亭〇丸「太鼓腹」

皆さまの御来場をお待ちしております。

翔月会 第一回ワクワク寄席 1月27日(日) 

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会場は、阪急園田駅からスグ。スグすぎて迷いそうになりました。

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やっぱり”生の”寄席文字はよろしいなぁ。

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客席には、着物姿のお客さんも。

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所用があり、トリの安庵さんの途中までしか聴けず、失礼をしました。
第二回は、最後までお聞きできればと思います。

〇丸
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〇丸

Author:〇丸
関西学院大学甲山落語研究会OB

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